<六地蔵>


−宇治市の北の玄関口・六地蔵−

 宇治市の北の玄関口といわれ、京都市とも隣接する交通の要衝にもなっている六地蔵地域(京都市営地下鉄東西線六地蔵駅、JR六地蔵駅、京阪六地蔵駅)。
 六地蔵は、かつての六地蔵村時代から交通の要衝で、南北に走る二街道(大和街道、奈良街道)があり、明治7年には六地蔵街道と大和街道が一等道路に指定されている。
 また、古い街並みとして六地蔵の宿として栄え、街道筋の茶店などがこの地の家並みを形成していた。

−六地蔵の由来−

 六地蔵という地名は852年(仁寿2年)従三位小野篁が大悲の御心に深く感激し、木幡山にあった桜の大木より六体の地蔵菩薩像を刻みこの木幡の里に安置した。後にこの一帯を六地蔵と呼ぶようになった。
 1156〜9年(保元年間)に平清盛が京の都に厄病が侵入しないよう祈願して京都周辺の交通要所にあたる6箇所に一体ずつ分置した。
 今日「六地蔵めぐり」として地蔵盆(8月22日〜24日)には巡拝者も多い。また昔より京の町々で子供を中心に地蔵祭が盛んに行われるのも六地蔵信仰に起因している。


ホームヘ